プロフィール

永瀬忠志のあしあと

1974年(18歳) 自転車で日本一周7500km
日本の海岸部を50日間でグルッと一周する
1975年(19歳) 徒歩で日本縦断3200km。
リヤカー「大左ェ門」を引いて、北海道北端・宗谷岬から九州南端・佐多岬まで、日本列島の中央部を70日間で歩く
1978〜79年(22歳) オーストラリア大陸徒歩横断4200km
リヤカー「田吾作」を引いて、東海岸シドニーから西海岸パースまで100日間で歩く
1982〜83年(26歳) アフリカ大陸徒歩横断6700km
リヤカー「田吾作2号」を引いて、東海岸ケニアのモンバサから西海岸カメルーンのドアラまで、赤道地帯を徒歩横断する。さらにサハラ砂漠徒歩縦断に向かうが、ナイジェリア北部のカノでリヤカーごと荷物一式を盗まれてしまい、着の身着のままになったために、216日目に断念、帰国する
1987年(31歳) 韓国徒歩縦断466km
南部のプサンから北部のソウルまで、11日間で歩く
1988年(32歳) スリランカ徒歩横断360km
西海岸コロンボから東海岸ポッツビルまで、9日間で歩く
1988〜89年(32歳) 台湾徒歩縦断536km
北部のキールンから南部のタイナンまで、14日間で歩く
1989〜90年(33歳) アフリカ大陸徒歩横断・サハラ砂漠徒歩縦断11100km
リヤカー「田吾作3号」を引いて、東海岸ケニアのモンバサの第一歩から、アフリカの旅をやり直す。赤道地帯を徒歩横断し、西海岸カメルーンのドアラへ。そこからサハラ砂漠徒歩縦断をし、フランスのパリまで、376日間で歩く
1991年(35歳) ジャワ島(インドネシア)徒歩横断…成らず253km
西部のジャカルタから東部のスラバヤまで約800kmを歩く予定だったが、7日目にチレボンの手前5kmあたりで2人の男にナイフで脅されて金の一部を盗まれ、待ち伏せされるようになったために断念する
1995年(39歳) マレー半島(マレーシア)徒歩横断408km
西海岸クアラスランゴールから東海岸クアンタンまで、11日間で歩く
1996年(40歳) 南インド徒歩横断562km
東海岸パランギペタイから西海岸ベイプーアまで、18日間で歩く
1997年(40歳) パラワン島(フィリピン)徒歩縦断414km
北部のタイタイから南部のバタラザまで、11日間で歩く
1998年(42歳) モンゴル徒歩縦断864km
リヤカー「田吾作ジュニア1号」を引いて、北部のスフバートルから南部のダランザドガドまで、25日間で歩く
1999年(43歳) タイ北部徒歩横断596km
東部のナンプーンから西部のメーサムレップまで、15日間で歩く。7日目から重いリュックサックを手車「ミニ田吾作ロッケン」に積んで歩く
2000年(44歳) タクラマカン砂漠(中国)徒歩縦断590km
リヤカー「田吾作ジュニア2号」を引いて、北部のルンタイから南部のミンフンまで、11日間で歩く
2001年(45歳) 紀伊半島徒歩横断155km
大阪府立堺工業高等学校機械科の生徒5人(当時、3年生)が製作した手作りリヤカー「田吾作スペシャル」を引いて、大阪府堺市から三重県の伊勢神宮まで、5日間で歩く
2001年(45歳) カラハリ砂漠(アフリカ・ボツワナ)徒歩縦断591km
リヤカー「田吾作ジュニア3号」を引いて、南部のカニエから北部のハンツィまで、14日間で歩く
2003〜04年(47歳) 南アメリカ大陸徒歩縦断8800km
リヤカー「田吾作4号」を引いて、北海岸ベネズエラのプエルトラクルスから最南端の町アルゼンチンのウスアイアまで、266日間で歩く
2004年(48歳) 沖縄島徒歩一周312km
リヤカー「田吾作ジュニア3号」を引いて、那覇市から8日間でグルッと一周する。これで今までの歩き旅の総距離は、4万0107kmとなり、赤道の「地球一周4万km」に到達した
2005年(49歳) 日本徒歩縦断3000km
リヤカー「田吾作ジュニア3号」を引いて、北海道北端・宗谷岬から九州南端・佐多岬まで、30年振りに日本列島の中央部を79日間で歩く
2006年(50歳) アマゾン徒歩縦断900km
リヤカー「田吾作4号」を引いて、マナウスからポルトベーリョまで、41日間で歩く
2007年(51歳) アタカマ砂漠徒歩横断・アンデス山脈徒歩横断975km
リヤカー「田吾作4号」を引いて、太平洋岸チリのアントファガスタからアルゼンチンのヘネラル・グエメスまで、35日間で歩く

永瀬忠志のあしあと

▲画像をクリックすると拡大します