生き恥を晒すか、晩節を汚すか、覚悟の問題だ――齢87歳の宗教学者は「ひとり」の哲学をどう育んできたのか。老いのその先を見据える。

激しく考え、やさしく語る
私の履歴書

定価:本体890円+税
発売日:2019年03月12日
ISBN:978-4-532-26399-7
並製/新書判/264ページ
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おすすめのポイント

「生の終焉 軽くなる存在」「重荷の対極に涅槃の境地」――2018年3月に日経新聞朝刊に連載された「私の履歴書」の連載第1回の見出しは異彩を放った。多くの読者を獲得した『「ひとり」の哲学』の著者が来し方を振り返ると、その個人史は特に戦後、多くの日本人が失ってきたものを血肉化して次代につなぐ孤独な闘いであったことがわかる。

日本に「哲学」は存在しない、あるのは「思想」だけであり、源流は著者のライフワークでもある親鸞をはじめとする仏教者に淵源を求め、その思想は万葉の歌、そして縄文にさかのぼる。そこに辿り着くためには、マルクス主義への傾倒、ドストエフスキーへの耽溺、インドへの渇望、柳田國男への共感など様々な経緯を辿るが、故郷・花巻を故郷と思えない米国生まれの希有な生い立ちが「ひとり」の哲学に起因していることに行き着く。

と、第一部はある宗教学者の「私の履歴書」ではあるのだが、その来し方を「何ともうっとうしい重い荷物」と言い切るところが、よくある自伝とは趣きを異にする。その断章に近い第一部の一篇一篇が基づく思想を、日常的な言葉によって身近なものにするために、執筆後にロングインタビューを敢行、第二部として収録した。第一部・第二部双方が光となり影となって補い合うことで、著者の孤独な闘いで得てきたものが見える。特に戦後、いや近代化が始まった150年前から、日本人が失ってきたものなのだ。

人生百年時代と言い、多くの人が老いのその先を生きねばならなくなった。終活のみが盛んに叫ばれるが、それは突き詰めればお金の問題に過ぎず、生き方とは何の関係もない。生き恥を晒すか、晩節を汚すか、すべては覚悟の問題だ。日本人は古来、死後の世界のことを見据えて生きてきた。そのことに思いをはせることなく、よく生きることはできないのではないか。本書では、ひとりの個人史が時代への大きな問題提議となっている。

目次

  1. 第一部 私の履歴書

    病を重ねて/米国生まれ/疎開/東京大空襲/花巻空襲/敗戦
    ほか

    第二部 ロングインタビュー 人生の重荷をおろして

    ドストエフスキーと服部之総/東北--賢治・啄木・茂吉、そして光太郎、遠野物語
    /インドとカオスと老荘/文学体験としてのマルクス主義
    ほか

著者・監修者プロフィール

山折 哲雄(やまおり てつお)

宗教学者・評論家
1931年、米国サンフランシスコ生まれ。東北大印度哲学科卒業。国立歴史民俗博物館教授、国立国際日本文化研究センター所長を歴任。現在は日本文化研究センター、歴史民俗博物館、総合研究大学院大学の各名誉教授。

※本データは、小社での最新刊発行当時に掲載されていたものです。

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