小学校を4年で中退して丁稚となった松下幸之助は、弱冠22歳でソケットの製造販売を始めて以来、電器一筋。「ナショナル」「パナソニック」という世界ブランドを育て上げるとともに積極的に社会への発言を続けた「経営の神様」の履歴書。

松下幸之助 夢を育てる
私の履歴書

定価:本体505円+税
発売日:2001年11月05日
ISBN:978-4-532-19098-9
並製/A6判/208ページ
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おすすめのポイント

小学校を4年で中退して丁稚となった松下幸之助は、弱冠22歳でソケットの製造販売を始めて以来、電器一筋。「ナショナル」「パナソニック」という世界ブランドを育て上げるとともに積極的に社会への発言を続けた「経営の神様」の履歴書。

目次

  1. 父が米相場で失敗
    小僧時代
    電灯会社時代
    創業時代
    松下電器の運命をかける
    昭和2年の恐慌
    発展時代
    労組の擁護運動で追放取りやめ
    会社再建めざし米国視察
    フィリップス社と提携
    中川電機と日本ビクターを引き受ける
    5カ年計画で売り上げ4倍を
    輸出増大を図る
    会長に就任、経営見守る
    甘えた「所得倍増論」に警鐘
    40年不況で陣頭指揮に
    “ダム経営”のもと週5日制へ
    経営は芸術、賃金でも欧米抜く
    総業50周年記念式典
    過疎地振興と万博「松下館」
    会長退任、決意新たに

    年譜
    解説―加護野忠男
    松下幸之助さんの思い出―樋口廣太郎

著者・監修者プロフィール

松下 幸之助(まつした こうのすけ)

1894年和歌山県生まれ。小学校を4年で中退、火鉢店、自転車店などに奉公した後、大阪電灯の工事担当者となる。22歳で独立、松下電器製作所を開設。アタッチメントプラグ、自転車ランプなどの製造で成功し、アイロン、ラジオなど次々に業務を拡大する。35年、松下電器産業株式会社に改組、社長となる。87年、勲一等旭日桐花大綬章受章。89年逝去。

※本データは、小社での最新刊発行当時に掲載されていたものです。

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