現場を悩ますハラスメントの「グレーゾーン」にどう対応すべきか[前編]

──線引きの正しい理解と、組織で具体的に取り組むべきこと

鈴木瑞穂:インプレッション・ラーニング コンプライアンス・法務教育部門インストラクター

画像提供:PIXTA

 2020年6月の「パワハラ防止関連法」施行に向け、11月20日、厚生労働省は指針案をまとめ、同省の諮問機関である労働政策審議会で了承されました。パワハラの定義、6つの類型とともに、各類型に該当する例、しない例も示されました。

 しかし、現場の悩みは、「ブラック」とは断言できない、いわゆる「グレーゾーン」への対応法です。指針だけでは判断できない、明確な線引きができないグレーゾーンの案件が発生した場合、企業はどのように対処したらよいのでしょうか?

 新刊『現場で役立つ! ハラスメントを許さない現場力と組織力』の著者で、株式会社インプレッション・ラーニング コンプライアンス・法務教育部門インストラクターとして上場企業の研修で活躍されている、鈴木瑞穂さんにお話をうかがいました。

ハラスメントの判断基準を“役所”に期待してもダメ

株式会社インプレッション・ラーニング
コンプライアンス・法務教育部門インストラクター 鈴木瑞穂氏

──今回「パワハラ防止関連法」施行に向けての指針案が示されましたが、どのような感想をお持ちでしょうか?

 予想通り、厚生労働省からの指針は、曖昧な表現に落ち着きました。「ブラックゾーン」(100人いたら100人が“その言動はセクハラだ、パワハラだ”と断定できる状況)を題材とした考え方、対処の仕方に関する指針となり、該当・非該当の具体的な例示はされましたが、それが精一杯だったと思います。

 現場の担当者としては、「例示されていないケースが起きたらどうしたらいいのか」「類型が抽象的で現場としては困る。もう少し具体的な判断基準を示してもらわなければ、判断に迷う場面がたくさん生じる」といった不満が出てくるはずです。

 役所が世の中すべての会社に対して発信できる内容というのは、すべての会社に共通する題材を対象にしたものでしかありません。ハラスメントの場合、それが何かと言えば、ブラックゾーンです。(部下に)注意するときに頭を小突いたとか、プライベートにずかずか入り込んで部下を子分のように扱っているとか……そういった、どこへ出しても「これはハラスメントですね」と断言できるような事例でないと、不特定多数に対して発信できないのです。ですから、現場が期待しているもの、つまり具体的なパワハラの線引きがされたようなものは、出てこないでしょう。

──企業によって、ケースによって、線引きの解釈はさまざまなのでしょうか?

 たとえば、これはハラスメントの話ではありませんが、商法には、商人間の瑕疵担保責任についての条文があり、簡単に言うと、「買い取った商品に不具合があったとき、買主が売主に瑕疵担保責任を追及しようとするなら、買主は商品を受領したら遅滞なく検査せよ。検査の結果、瑕疵や数量不足を発見したら、直ちに売主に通知せよ。」ということを定めています。

 では、「遅滞なく」といっても、明確に何日のことでしょうか? それは人によっては1週間かもしれないし、3日くらいじゃないかと思う人もいるでしょう。それがなぜ「遅滞なく」という表現にとどめているかというと、商品特性によって検査が1日で済む商品もあれば7日かかるものもあるなかで、法律条文で「3日以内に」などと書いてしまうと、3日以内で検査できない商品の場合はアウトとなってしまうわけです。それが困るから「遅滞なく」「直ちに」という表現にとどめているのです。具体的な期間については、売り買いする当事者が商品を見て「今回は○日以内」というように、当事者で決めてくださいね、ということになるのです。

 役所が出す指針も、こうした法律の発想と根本は同じです。具体的なものを出してしまうと、それに当てはまらない案件は対象外となってしまい、いろいろと不具合が生じるのです。それを避けるために、抽象的でどこでも当てはまる内容となるわけです。

 今回、厚生労働省が発表した職場におけるパワハラの定義では、「1優越的な関係を背景とした言動で 2業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより 3労働者の就業環境が害されるもの」でこの3つをすべて満たした場合に該当するとしていますが、その「業務上必要かつ相当な範囲」というものは、あくまでも企業側が自分たちで決めなければならない、厚生労働省に期待してもダメだ、ということを肝に銘じておくべきでしょう。

グレーゾーンは、まるで鵺(ぬえ)のような存在?

──今現在、多くの企業や組織ではどのようなハラスメントの問題が起きていますか?

 今回の指針でも示された「相談窓口」や「コンプライアンス通報ライン」といった社内の受付窓口と、社外の弁護士事務所を用意している企業は多いです。しかし、ハラスメントで寄せられる相談案件は、どの会社でも実は少ないようです。1年に1~2回あるかないか、というところがほとんどです。

 しかし、職場で何か無記名のアンケートをとる機会に、「ハラスメントがあると思いますか?」「ハラスメントを目撃したことがありますか?」など、ハラスメントに関する質問項目を設けると、それに対して「イエス」という回答が5割くらいあるというのです。

 あからさまなブラックゾーンはあまり発生していないけれど、グレーゾーンは多くあるようです。グレーゾーンとは、セクハラ、パワハラと断定できないけれど、相手が何らかの理由に基づいて「それってセクハラだ、パワハラだ」と反応する状況のことです。

 ただ、あるという感じはするけど、担当者はそれが何なのかは見えていない状況であり、要するに「どう判断したらいいかわからない」ということになっているわけです。ブラックゾーンは滅多に発生していない。職場に発生しているのはグレーゾーン。ただ、ブラックとグレーという分け方、見え方、認識の仕方に気づいていないので、漠然と「ハラスメント問題」と考えているのです。あるような、ないような。『平家物語』に出てくる伝説上の妖怪「鵺(ぬえ)」のような……そんな感じなのだと思います。

ハラスメントへの対処で、まずすべきこととは?

──セクハラ、パワハラへの対処では、何が肝になるのでしょうか?

 セクハラにせよパワハラにせよ、対処法を考えるときはブラックゾーンの対処法とグレーゾーン対処法を別々に考えなければなりません。なぜなら、ブラックゾーンとグレーゾーンは、発生原因が異なるために対処法も異なるからです。それらをいっしょくたにして考えると、訳がわからなくなります。そして、セクハラはブラックゾーンとグレーゾーンが明確に分かれていますが、パワハラは基本的にほとんどのケースがグレーゾーンで稀にブラックゾーンが発生するのです。

 たとえば、セクハラにおけるブラックの発生原因は「人間の欲望と感情」なのです。一番わかりやすい例は「性的関係を強要して断られていざこざになる」というものですね。なぜこういった問題が発生するかといえば、それは欲望、本能があるからです。「性的な言葉で相手をやりこめる」というのは、感情から発生することなのです。こういった言動というのは、誰が見ても「良くないこと」ですよね。仕事を進めるうえでも、職場においても、特に良くないことです。職場のコミュニケーションをぶち壊して、仕事を成立させなくしますから。

 こうした振る舞いへの対処としては、言葉による注意や研修を行うことは否定しませんが、それだけでは効果が無いと思います。本能に素直な人が研修に参加して「良くないことだな」なんて思いませんから。感情をすぐに外に出す直情的な人も、そうした言葉が生理的にしみこんでいかないでしょう。となると、処罰して、その事実を公表、従業員で共有し、再発防止のために心のブレーキを調整する、という働きかけしかないと思います。

 今回の指針でも盛り込まれましたが、就業規則にパワハラ禁止の規定を設けることも必要です。そして、処罰根拠も明文化して、実際に発生したら現場はためらわずに通報する。会社としても淡々と粛々と、規定に則って処分する……そしてきちんと公表して事実を示すことで、予備軍に心のブレーキを持たせる。これしかないと思いますね。

──グレーゾーンに関してはどうでしょう?

 グレーゾーンへの対処法はまったく違います。まず、グレーゾーンの案件は通報として上がってきません。ですから、考え方を切り替えるしかない。

 まず、グレーゾーンの発生原因は、ブラックと違って「感覚・解釈・好み・価値観の相違」です。ですから、何をハラスメントと感じるか?は予測不可能なのです。そのわきまえがないのに、安直な自己流解釈がはびこっていることが問題です。ですから、対処法としては、現場の人たち、若い人たちにも管理職にも、定義をはっきり教えて自己流解釈を払しょくさせて正しい認識を持たせる……というのが、すべきこと、打つべき手の1番目です。

 ただ、それでも人間には誰にでもそれぞれの価値観がありますから、どんなに正しい知識を持たせて自己流解釈を払しょくさせても、「あれってセクハラでは? パワハラでは?」と言う声は出てくるでしょう。よく職場からパワハラ問題、セクハラ問題を絶滅させる、根絶するとか言いますね。理屈でいうと、ブラックゾーンは撲滅させられる可能性はあるのですが、グレーゾーンはゼロにはなりません。人にそれぞれの価値観があるかぎり、発生し続けるのです。正しい知識を持たせて自己流解釈を払しょくさせれば、件数は減るでしょう。無駄な議論も減るかもしれない。ただ、無くなりはしない。

 ではどうすればよいのか? 次に必要なのは、会社としてグレーゾーンの情報を収集する、吸い上げる仕組みを作ることです。これは今までの会社経営には必要とされていなかった一手間です。言い方を換えると、現場の人が「セクハラでは? パワハラでは?」と思ったときに、ちゃんと言う先を設けるということです。そのためには「通報」という悪いことをした人を追及するイメージの言葉を改めたほうがよいと思います。

 グレーゾーンは、発生した段階ではブラックでもホワイトでもありません。決まっていないからグレーなのです。グレーな案件が発生したら、企業としては、ブラック認定すべきかホワイト認定すべきかという問題が次に控えています。ですから「ハラスメントがあると思ったら言ってきてくれ。会社がブラックと認定したら、ちゃんと人事が対応するから。グレーだと思った案件も、ブラックなのかホワイトなのか、会社が一定の判断をするから。だからハラスメントがあると感じた人は、会社を良くするために、判断材料として提供してくれ」と。そういった仕組みを作ることが大事です。

(構成 中西 謡)


後編はこちら



鈴木 瑞穂(すずき みずほ)
株式会社インプレッション・ラーニングのコンプライアンス・法務教育部門インストラクター。
1955年生まれ。中央大学法学部卒。朝日アーサーアンダーセン管理部長、カルティエなどラグジュアリーブランドのリシュモンジャパン管理本部総務部長などを経て、2005年、KPMG/あずさビジネススクール管理部長および講師。現在、法務・コンプライアンス教育の研修講師として、インプレッション・ラーニングなど研修会社を通して上場企業の研修で活躍。分かりやすい講義で好評を得ている。

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