コンプライアンスとは何なのか? を「考える」ことの重要性(後編)

~今すぐにできる対策とは~

千田直人 プリンシプル・コンサルティング株式会社 代表取締役

画像提供:PIXTA

 巷を賑わす「コンプライアンス」の問題……。研修などでその対策に本腰を入れる企業も多くなっています。今、私たちがコンプライアンスに関して考えなければならないこと、実行しなければならないこととは何なのか? どんな職場であれば、コンプライアンスを徹底できるのか?

 前編に引き続き、日経DVD『コンプライアンス・テスト』全3巻の監修者の一人、プリンシプル・コンサルティング代表取締役の千田直人さんにお話をうかがいました。

■こんな職場に不祥事が発生する!

千田直人 プリンシプル・コンサルティング株式会社
代表取締役

――「不祥事が発生しやすい職場」に、共通点というものはありますか?

 思いつくままに列挙していきましょう。

 まずは「社員が会社や仕事に誇りを持てずに働いている職場」ですね。「うちの会社はどうでもいい会社だ」「自分の仕事の意味がわからない」などといった思いにとらわれ、仕事に誇りが持てないと、行動にも悪影響が及びます。そして、大きな不祥事を起こしている人たちというのは、そもそもの人間としてのプライド、誇りまでも失ってしまっているケースが多いのです。

 ですから、私はコンプライアンス研修において、「最も大切なことは誇り、責任感、プロ意識です」と伝えています。

 「社員相互にリスペクトできない職場」「愛のない職場」は、ハラスメントが起こりやすい職場の特徴でもあります。
 たとえば「挨拶のない職場」。挨拶は“お互いに相手の存在を認め合うこと”ですから、こういう職場は、コミュニケーションや信頼関係にも当然難があります。これは職場に限らず、家庭や学校などでも同様ですよね。相手を認めるということは、人間関係の基本なのです。

 「ルール違反が恒常化している企業や職場」は、当然、規範意識も低いものです。たとえば遅刻する社員が多かったり、それを誰もとがめなかったり……。こうなると、水面下でどんどん異常が増殖し、気づいた時には手遅れです。小さな規則違反であっても、黙認していれば秩序もモラルも着実に劣化していきます。

 「『仕事の基本』を軽視する企業や職場」も問題です。規則や手順の遵守、整理整頓、情報共有、公私のけじめなどのほか、いわゆる「報告・連絡・相談」は基本中の基本。「結果さえよければプロセスはどうでもよい」という考え方もありますが、基本の軽視は非常に危険です。実際、世の中で起きている重大事件事故の多くは基本動作の懈怠や規則違反が主因であり、基本さえ守られていれば起きなかったものばかりです。

 「透明性が低い職場」も危険です。「見える化」ができていない、お互いに何をやっているのか知らないし興味もない、チェックもしないという職場ですね。当然、不正はしやすくなりますし、発覚もしにくくなります。悪いことをしてしまう人は「自分は見られていない」「バレない」と思うものです。だから「あなたは見られているんですよ」「チェックされていますよ」という状況をつくることが大事です。

 また「過度に人の集中力や注意力に依存している職場」も。人間は必ずミスをします。それを前提に仕事の仕組みやシステムを設計しておかないと、いずれは破綻します。「完璧を目指すこと」と「完璧以外は認めないこと」は全くの別問題です。「ミスは絶対に許されない」風土では、水面下で隠蔽や改ざんが進むだけ。「人間はミスをする」「完璧な人間など存在しない」という前提から出発することは、リスクマネジメントの基本中の基本です。

 そして「経営者が本気でコンプライアンスに取り組むつもりがない会社」もあります。表面的には「コンプライアンスが大事」と言っていても、どこかで「そうは言ってもほどほどにな」という暗黙のメッセージを出し続けている経営者は少なくありません。そういう経営者の本心は、あっという間に社内に伝播するものです。

■知識よりも「考える」こと。コンプライアンスに「正解」はない

――コンプライアンスに対して各社員が正しい判断をできるようになるためには、企業はどのように取り組んでいけばよいでしょうか?

 一番大切なのは、社員各人が「思考停止に陥らない」ということです。私は、コンプライアンスにおいて“知識の押し付け”は意味をなさないと思っています。

 大切なのは、思考力や想像力、共感力です。ですから、私は研修のはじめに、「今日は考えるトレーニングの場です。持ち帰っていただきたいお土産は、知識ではなく、気づきや発見です」と言っています。コンプライアンスとは何か?を考えてもらうということが、大きな目的です。

 重大不祥事の裏には必ず、深刻な(集団)思考停止があります。もちろん法令遵守は重要ですが、コンプライアンスの要諦は「普通の人たちの普通の感覚」です。どこにも絶対的正解などありません。研修でも日常業務でも、ひたすら考え続けなければいけません。知識を習得しただけでは、安心などできません。応用が利かないからです。

 また、「会社のためにやれ」「ぐだぐだ言わずにとにかくやれ」だけでは実効性が上がりません。社員目線が不可欠です。たとえば、「不祥事を起こせば、あなたがこれだけのものを失いますよ」とか、「あなたの家族がつらい思いや恥ずかしい思いをしますよ」などと、本人にとってのマイナス面を示したほうが、説得力があります。

 「上から目線」もおすすめできません。一部のコンプライアンス研修は、大袈裟に言えば、「おまえらこんなこともできていないのか、知らないのか。しょうがない連中だ。言うこと聞け。会社に迷惑かけるな」です。
しゃべっている側はこれで気持ちいいかもしれませんが、受講者はこれではなかなか聞く気になりません。反感を招くばかりです。

 コンプライアンスの大敵は思考停止。思考停止に陥らないためのトレーニングこそ、何よりも大切です。

DVD『コンプライアンス・テスト』第3巻より

■各階層別研修の注意点とは?

――一言でコンプライアンスといっても、不祥事には、管理職に多い「ハラスメント」や売上確保のための「データ改ざん」、軽い気持ちでおこなう「バイトテロ」のようなものまで、様々なかたちがあります。各階層別の研修において、注意すべき点などがあれば教えてください。

 私は研修では、基本的に経営層から新入社員まで、ほとんど同じ視点で同じ内容を話しています。コンプライアンスとは社会全体の普遍的な行動原理なので、階層や業務を問わず本質は変わらないからです。社長にとってのコンプライアンスはAだけど新入社員にとってはB、というのは変です。

――階層で分ける必要はない、ということですか?

 もちろん階層別に相応のチューニングはしています。たとえば、管理職層以上に対しては、「皆さんは思っている以上に下から見られているし、思っている以上に大きな影響力を有しています。聖人君子であれ、とは言いませんが、少なくとも部下に見せられないこと、説明できないことはしないでください」と伝えています。

 一方、新人に対しては、以下のように伝えています。
「皆さんのような新人なら失敗はして当然。周囲もわかっています。失敗したら、ウソや隠蔽に走らないことが何より大切。現実から逃げないで、すぐに上司や先輩に伝えてください。ほとんどの失敗は、素直に認めて対処すれば、単なる失敗で終わります。そこで「あわよくば」と小さなズルを始めれば、どんどんエスカレートして、取り返しのつかない事態に発展します。失敗は単なる失敗でクローズさせてください。不祥事や犯罪に発展させないでください」

 特に若い人たちに対しては、実例紹介、わかりやすい理詰めの説明、同情や共感、が効果的です。
 中高年にとっては想像を絶するレベルの無知や無自覚も珍しくありません。単純に「知らないからやってしまった」が多いので、逆に実例や知識を簡単に伝えるだけで大きな成果が期待できます。「納得いかないことはやらない」も、裏を返せば「納得いけばやる」です。そのための工夫が必要です。

■「ひたすら褒め、感謝する」ことの効果

――すべての階層に通じる、おすすめのコンプライアンス研修のやり方があれば教えてください

 階層を問わずおすすめの研修方法は、グループ討議において、「1人に対して、持ち回りで他のメンバーがひたすら褒める、感謝する」という「相互褒め合い」です。観点は、「その人のおかげで、お客さんや同僚がどれほど助けられているか」「その人がいなくなったら会社がどれほど困るか」です。過去、何度も実施しましたが、若い世代だけでなく中高年も、喜びます。褒められることに飢えている大人が如何に多いかを痛感させられます。

 この試みの目的は、コンプライアンスで大切な「自分や仕事の存在意義、責任感・誇り・プロ意識」などを再認識してもらうことです。誰もがかけがえのない大切な存在なのに、日常業務ではそのことをめったに自覚できません。そこにメスを入れたい、と思って始めました。また、褒め合う風土が定着すれば、当然、相互リスペクトも高まり、職場環境はよくなりますし、ハラスメント防止にも役立ちます。

 こうした研修を「繰り返す」ことも大切です。ペンキ塗りと同じ。研修の効果もしばらくすれば必ずはげてきます。スポーツ団体で選手の不祥事防止の啓発をしている方が、「どんなにいやがられても、耳にタコができるくらい繰り返し話さなければならない」と言っていましたが、私も全く同感です。

 そして、コンプライアンス研修の際には、ほんの一言でいいので経営層からコメントしてもらえると、非常に引き締まります。受講者が会社の本気度を感じることができますし、経営方針をダイレクトに伝える点でも効果的です。

――コンプライアンスの対策として“今日から、いますぐにできること”があれば教えてください。

 先ほどお話しした「相互褒め合い」、お互いに褒め合うことが一番のおすすめです。マイナス要素は全くありませんし、時間がかかることでもありません。お金もかかりませんよね(笑)。

 褒められた側は、今度は周りの人を褒めるようになります。それをきっかけに良循環が始まれば理想的です。日本人は褒めることが苦手で、上司が部下を褒めるということは日常的にはあまりおこなわれていません。私は上司の立場の人には「部下に対しても敬意と感謝の気持ちを忘れないでくださいね」と頼んでいます。

 また、たとえば間接部門の職種の人たちは、なかなか褒められる機会もないと思います。そういう“裏方”的な仕事をしている人にこそ「あなたがいてくれて良かった」と声をかけるべきです。口には出さなくとも、実は多くの人がそれを望んでいます。そして、「お互いに褒め合う」ことで、何よりも社員の“誇り”が高まります。「あなたのおかげで助かっている」ということを表明してみてください。「徹底的に褒めて感謝」……そんな職場カルチャーをつくることができればいいですね。

――最後に、千田さんが監修されたDVD「コンプライアンス・テスト」シリーズのおすすめの使い方があれば教えてください。

 この教材は「5年先でも10年先でも陳腐化しない普遍性や汎用性」を意識して制作しました。ですから、新しいメンバーが入ってくるたび、繰り返し使っていただけると嬉しいです。

 法令の解説を中心とした教材もありますが、法令は時の流れとともに変わるもの。それよりも大切なのは、何といってもコンプライアンスを「考える」ということ。ですから「意見交換し、考えるための材料・ネタ」として、コミュニケーションの道具として、使ってほしいですね。毎日顔を合わせている上司と部下、同僚であっても、思いのほか、お互いのことはよくわかっていないものです。

 コンプライアンスというと「難しい話を理解しなければ」と身構える人が多いのですが、職場のメンバーみんなでワイワイディスカッションをして気軽に活用していただければ、他のメンバーの考え方もわかって有効だと思いますよ。

――楽しみながら活用することですね。本日はありがとうございました。

(構成 中西 謡)


前編はこちら



千田 直人(せんだ なおと)
プリンシプル・コンサルティング株式会社 代表取締役。
1969年、石川県生まれ。東京大学法学部卒。トヨタ自動車での教育・法務業務を経て、2009年、プリンシプル・コンサルティング株式会社に参画。以後、民間企業や地方自治体のコンプライアンス・リスク管理・ハラスメント対策などを中心に活動。また、トップアスリート(プロ選手・日本代表選手・企業チーム選手など)向けのリスクマネジメント研修や、スポーツ指導者向けのハラスメント防止研修などにも積極的に取り組んでいる。

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