新入社員のコミュニケーション力向上の秘策とは(後編)

“察し”の文化が薄れつつある時代の指導法

吉川理恵子 公益財団法人日本電信電話ユーザ協会 技能検定部長

 日経DVD『コミュニケーションの基本シリーズ』の監修者で公益財団法人日本電信電話ユーザ協会の吉川理恵子さんにお話をうかがいました。前編では、電話恐怖症を克服するために有効な教育手段についてお話しいただきましたが、今回は、電話に限らずコミュニケーション全般について個人的な側面、組織的な側面の両面から、その重要性について解説していただきました。

■“察する力”は、まず電話で身につける

 昔から日本には、“察し”の文化が存在していると言われています。言葉に出して伝えなくても、相手の言いたいことを察することが得意な国民性であるといいます。しかし近頃は、“察することができない”“人の気持ちが理解できない”ことを、場の空気が読めない状態を略語で表現した「KY」という言葉が浸透するなど、少々事情が変わってきているような気がします。

 どうして、察することができない、察することをしようとしない人が増えているのか。前編でもご紹介したように、子どもの頃から、色々な人に接する機会が少なく、初対面の相手に対して「この人はどういう人なのだろう?」と想像する機会が減ったことも要因としてあるのかもしれません。

 それに拍車をかけたのがスマホの普及で、友人への連絡でも、他の家族が出る可能性がある自宅の固定電話に電話をかけることは少なくなりました。また、番号非通知の電話や知らない番号からの電話には出ない傾向も強まりました。
 そういった意味では、新入社員時代には知らない人ばかりからかかってくる会社の電話で、相手が見えない電話応対を重ねることは“察する力を養うこと”にもつながるでしょう。

■ビジネスマナーの前提、メリットを伝える

 就職活動の時に学生の皆さんが慌てて身につけようとするビジネスマナーも、実はこの察する力が根底にないと、それは形だけのものになってしまいがちです。
 そもそもマナーとは、“自分が恥をかきたくない”とか、“マナーを知っている人と思わせるため”のものでもなく、ましてや就職活動のためだけにあるわけでもありません。本来は、“相手にイヤな思いをさせないため”、あるいは“相手を気持ち良くさせるため”“相手を立てるため”であるはずです。表面的な作法だけを覚えたとしても、本質を理解して体得していなくては、いざというときに応用が利きません。

 例えば、「下座に座る」というマナーがあります。どちらが下座で、どちらが上座なのかを単なる情報として教えるのではなく、どうして下座に座るべきなのか、ビジネスコミュニケーションのシーンにおいては自分は謙虚であるべきであり、そのように見せたほうが良いという前提から伝えてみるとよいでしょう。人は自分にとって有利になる、自分の身を守るために必要不可欠な情報に対しては、本能的に覚えようとする習性があるといわれています。
 また、マナーは社会人になってはじめてしっかり向き合うことになる人が大半ですが、知っていればビジネスコミュニケーションがスムーズになるなど、本人にとってのメリットを強調しながら指導をするとよいかもしれません。

 しかし、昔は会社に一人やふたり、マナーにうるさい人がいて、新入社員に現場で指導をしていましたが、最近はあまり見かけなくなりました。さらに指導するほうにも遠慮ややりにくさが生まれ、あからさまに注意をすることがはばかられる世の中になりました。

 そうした指導者になり代わって新入社員教育を行おうと企画したのが、今回、私が監修したDVDです。マナーの本質を学ぶには気づきが必要です。DVDではビジネスシーンにおけるありがちな20のエピソードをドラマ演出で見せ、視聴後にディスカッションすることで、視聴者の皆さんに自ら気づいていただこうと考えたのです。動画に慣れたYouTube世代には受け入れやすい研修方法でしょう。

■円滑なビジネスコミュニケーションを生む「聴く力」

 「察すること」の次に重要なのが「聴くこと」です。基本的に「聴く」という行為そのものは「察する」ことよりもハードルは低く、単に聴くだけなら新入社員であっても誰もができることでしょう。ただ問題になるのは、その聴き方です。

DVD『コミュニケーションの基本シリーズ』第2巻より

 ビジネス上、好ましい聴き方があります。それは一種のマナーともいえますが、自分が相手の話を聴いているということをしっかり、言葉と態度で示すことの重要性を伝えなければなりません。相づちやうなずき方、質問の仕方や相手の言葉を繰り返しながら聴いていくなどのテクニカルな部分は、トレーニングを行うことで十分に身につけることができます。

 もっと大切なことは、わからないことは正直に「わからない」と伝え、聴き直してもよいことを教えてあげることです。相手が言っていることがわからなくても聴き返さず、そのままにしてしまう新入社員もいます。若いうちだからこそ、「知らない」ことを恥じることなく相手に伝え、教えを乞うてもよいのです。教わることから円滑なビジネスコミュニケーションは生まれますし、知らないことをそのままにせず、しっかり調べて知識化する習慣も身につきます。

■グループディスカッションで自分の「フレーム」を揺らす

 コミュニケーションの基本は、相手を察すること、しっかり聴くことが重要だと述べました。ビジネス上のコミュニケーションは、先天的なものではなく、後天的に身につけることが可能なものです。
 コミュニケーションを養うには、複数のメンバーで話し合うグループディスカッションが最適です。自分の考えだけを押しつけず、しっかり人の話を聴ける人間を育成することができます。詳しくはDVD『コミュニケーションの基本シリーズ』の中で述べていますが、グループディスカッションでは自分とは違った考えの人を受け入れていく必要があります。

 そういった話し合いは自分のフレームを揺らします。このフレームは、自分の生い立ちや学歴、地域性や年代によって凝り固まっているものです。考えの違うたくさんの人たちと仕事をすることで、その凝り固まったフレームが揺れていきます。“そういう考え方もあるのか”と考えることで、フレームが揺れながら、その幅を広げていきます。フレームの幅が広がらないと、“私には関係ないこと”と判断のシャッターが降りてしまって人の話が聴けなくなります。

 シャッターを上げて自分の中に異なる意見を受け入れると、そこから気づきが生まれます。あるいは同じ意見を持っている人がいれば、そこから共感が生まれます。相手の話を要約するのも、大事なコミュニケーション能力のひとつです。グループの中で「あなたが言いたいのは、こういうことですよね」とまとめてあげたら、言われた相手は自分の話をしっかり聴いて共感してくれたと思い、非常に喜んでくれるはず。そういったコミュニケーション技術を駆使することでそのグループディスカッションは円滑になり、様々な意見が飛び交う有益な機会となります。

 教材の内容がいかに学習者の心に刻まれるかは、学び方によって大きく変わってきます。講義を聴くよりも動画を見たほうがよく定着するのですが、それだけでは不十分です。
 ディスカッションをしたり、他の人に教えたりすると、定着率は飛躍的にアップします(堀公俊『動画研修ファシリテーションガイド』より)。

■コミュニケーションの活性化が、工数の削減にも

 コミュニケーション能力は決して、営業担当者や接客業、サポートセンターなど、人と接する業務を遂行するためだけに必要なものではありません。
 コミュニケーション能力が身につくと職場の雰囲気が変わります。他の人への配慮が生まれると、ちょっとした誤解はすぐ解消され、互いが尊重しあうようになるので、パワハラやセクハラが生まれにくい環境になります。上司と部下の関係も良くなり、コミュニケーションが円滑になることで、すばやく情報が共有され、業務効率もアップ。それが組織としての強みとなっていきます。

 ある大手OA機器メーカーが、機器のメンテナンスを行うサービスマンに対して、コミュニケーション講習を実施したことがあります。お客様からは好評だったのですが、副次的な効果として、修理の受付をするサポートセンターとサービスマンの連携がスムーズになって、コミュニケーションロスや情報の齟齬がなくなり、トラブルも激減し、大幅な工数削減につながったということです。

 これまで述べてきたように、コミュニケーションは個人の力になるだけでなく、組織の力になりますし、それが求められている時代です。新入社員の時代からしっかり身につけさせたいものです。

(構成 伊藤秋廣)


吉川 理恵子(よしかわ りえこ)
公益財団法人日本電信電話ユーザ協会 技能検定部長 
毎年、全国規模で行われる「電話応対コンクール」、コミュニケーション能力の養成と電話応対の指導者育成を目指す「電話応対技能検定」の運営などを手がける電話応対教育約30年のベテラン。編著書ならびにDVD監修、講演や雑誌への寄稿多数。

                               

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