不正を許さないコンプライアンス教育とは<後編>

社長の言動に勝るコンプライアンス教育なし

髙巖 麗澤大学大学院 経済研究科教授・企業倫理研究センター長

DVD『不正を許さない職場づくり』第2巻より

 前編に続き、日経DVD『不正を許さない職場づくり』の監修者である麗澤大学大学院経済研究科の高巖教授に、相次ぐ企業不正についてお話をうかがいました。前編では、利益至上主義の経営陣が、現場に無理な納期や売上目標を要求することで、不正につながるケースが多いとのことでしたが、後編では、どうすれば経営と現場の意識のズレを埋めることができるのか、コンプライアンス教育では何が重要なのかをうかがいました。

売上を追求する経営と、現場の意識のズレを埋めるには

髙巖 麗澤大学大学院 経済研究科教授

 もともと日本の生産現場は、優れた「ものづくり」の精神があることで知られています。私もまだそれなりに、ものづくりの精神は健在だと思いますし、現場の人たちも法定基準を守る努力はしているでしょう。
 ところが営業が、法定基準以上の高水準を要求する仕事をとってくることがある。そしてそれが可能かどうかを現場に確認せずに、「なんとかしてくれ」とだけ言って丸投げしてしまう。それがデータ改ざんなどの不正を生む土壌となっています。
 したがってこれを改めるには、トップが、「ダメなものはダメ、できないものはできないと、お客さまに言ってもいい」ということを明言しなければいけません。

 次に重要なのが、風通しのよい職場をつくることです。下の人が上に向かってものが言えないような封建的な職場では、不正が発生しやすいことは言うまでもありません。
 ある上場企業の社長さんが取り組んでいたのが、「役職で呼ばず、さん付けで呼ぶこと」です。「自分はいままでどの職場でも、○○さんと呼ばれてきた。だからみんなも私を○○社長と呼ばないでほしい。○○さんと呼んでくれ」というメッセージを全社員に伝えていました。
 実は私は「さん付け」には、非常に大きな効果があると思っています。たとえば「鈴木!」と呼び捨てにするときと、「鈴木さん」と呼ぶときとでは、続く言葉のトーンがまったく変わります。「鈴木さん」と呼ぶと、きつい言葉が出てきにくいのです。
 もちろん「さん付け」にするだけですべてが変わるとは言いませんが、そのほうが人としての会話がしやすくなるように思います。

 そもそも社内で十分にコミュニケーションがとれている会社では、現場の状況を上がよく理解していますから、あまり個人を追い詰めるような事態にはならないはずです。「会社の雰囲気をよくする」というようなことは軽んじられがちですが、実は軽視してはならない根本的な課題なのです。

内部告発はまず社内に相談を

 社内の不正が発覚するのは、内部告発によるケースが多いといわれていますので、内部告発についても触れておきましょう。
 内部告発は3段階に分かれています。第1段階は会社の内部に申し出ること、第2段階は監督官庁など行政に通報すること、最後がマスコミなどの外部に訴えることです。

 法律では会社に通報した結果、告発者が不利益を被った場合、これを保護することになっていますし、外部に訴え出て不利益を被った場合も、同様に保護することになっています。しかし私は、まずは社内に申し出てほしいと思っています。やはりマスコミなど外部に告発するとなると、相当の覚悟が必要ですし、その会社にいづらくなることも事実だからです。

 これに対し、社内での相談であれば、通報をもって解雇などの不利益を被る可能性など、ほとんどないでしょう。常日頃から「何か問題があれば通報してくれ」と言っている会社であれば、なおさらです。鬱憤ばらしのために日常的に通報しているような人ならともかく、「会社のことを思っての行為である」ということが伝われば、問題はないケースが大半です。

 そして、もし通報するのなら、できるだけ早い段階のほうがよいでしょう。なぜなら遅くなればなるほど、事態が進行してしまうからです。
 会社にとって不祥事を隠しているということは、爆弾を抱えているようなものです。いつ、誰がそれを白日のもとにさらすかわかりません。会社に恨みを持っている人が、それを利用することも考えられます。「不祥事は主体的に公表してしまったほうが、よい結果になる」と考える会社のほうが多いでしょう。

社長の言動に勝るコンプライアンス教育なし

 実はユーザーから遠いところにいる会社や部署ほど、不正を起こしやすい傾向があるのをご存知でしょうか。「この商品を最終的に誰が利用するのか」が見えないと、つい「これくらいならいいや」と考えてしまう。だからB2Bの会社では、不祥事が起きやすいのです。相手の会社に商品を納めればそれで終わりだからです。

 したがってコンプライアンス教育においては、「もしこの商品を買うのが自分だったら、自分の家族だったら」という視点を育むことが欠かせません。「もしあなたが偽りの数字でつくられたマンションに住むとしたらどう思う?」というように、立場を置き換えて考える工夫をする必要があります。

 さらに強調しておきたいのは、「社長の日頃の言動に勝るコンプライアンス教育はない」ということです。
 松下電器産業(現パナソニッック)が2005年から2006年にかけて、温風石油ストーブのリコールをしたことがあります。
 そのころ、ある中堅の電機系の会社で、全国各地から部長クラスが集まる幹部会が開かれ、それが話題になりました。この会社は、普段は「顧客第一」「コンンプライアンス重視」を標榜していました。ところがこの社長は部長クラスの人たちが集まったところで、こう語ってしまったのです。
 「いやあ松下さん、とんでもないことをしてくれたな。あそこはまだ金があるから、ああいうことができるんだ。こっちはいい迷惑だ」
 この一言で、この会社の幹部たちは、社長の本音を見抜くでしょう。逆にもし社長が次のように発言していたら、どうでしょうか。

 仮にその経営者が自分の言葉の影響力に気づいていたら、こんなとき、こう言うはずです。
 「いや、松下さんは大したものだ。確かにうちでは金額的にあそこまでできないだろうけれど、もし同じような問題が起きたら、真似事でもいいから、松下さんに倣いたいものだ」
 この発言が、どれほど大きなコンプライアンス教育の効果をあげるか、説明するまでもないでしょう。

 精神論のように思われるかもしれませんが、やはり上に立つ人は、みずからの言動に注意を払う必要があります。経営者が自分の言動を省みるとともに、前編で述べたような短期志向の経営から脱却することが、不正の起こらない会社にするための第一歩なのです。

 企業倫理やコンプライアンスを企業に根付かせるのは簡単なことではありませんが、『「誠実さ」(インテグリティ)を貫く経営』や『マネジメント・テキスト ビジネスエシックス[企業倫理]』で詳しく解説したので、ご関心のある方はご一読いただきたい。また、一般社員向けの企業研修では、私が監修したDVD『不正を許さない職場づくり』を効果的に活用していただければ幸いです。

(構成 長山清子)

 

高 巖(たか いわお)
麗澤大学経済学研究科教授・企業倫理研究センター長
1956年、大分県生まれ。1985年に早稲田大学商学研究科博士課程修了(商学博士)。91年より米ウォートン・スクールにてフィッシャー・スミス客員研究員を務める。2008年に全米企業倫理コンプライアンス協会より、「国際企業倫理コンプライアンス賞」を受賞。著書に、『「誠実さ」を貫く経営』『マネジメント・テキスト ビジネスエシックス[企業倫理]』(いずれも日本経済新聞出版社