不正を許さないコンプライアンス教育とは<前編>

現場無視の「売上至上主義」が不正を招く

髙巖 麗澤大学大学院 経済研究科教授・企業倫理研究センター長

DVD『不正を許さない職場づくり』第1巻より

 それからこれは私が関係している会社の話なので、宣伝のようになると恐縮ですが、三菱地所(以下、地所)では、2002年から2003年にかけて販売したマンションで問題が起こりました。OAP(大阪アメニティパーク)という複合施設内のマンションを販売したところ、土壌汚染浄化作業で不十分な点があるとの情報があったにもかかわらず、共同事業者間での連携がうまくいかず、十分な対策を講じないままスケジュール通りにマンションを販売してしまったのです。

 この時の経験を踏まえ、地所は、それ以来、スケジュールを最優先とすることをやめました。新築マンションは、3月までに完成させるのが一般的です。4月から新しい職場や学校に移る人が多いからです。つまり、それに間に合わせることを最優先にすると、現場で不手際が発生する、問題が起こるリスクが高くなってしまうからです。

 現在、地所では、マンションを販売するときは、お客さまに「予定通りに入居できない場合もあります」とあらかじめ説明するようにしています。「それなら買うのをやめます」と言われることもありますが、それでも、「基本的には3月末を目指しますが、状況に応じて若干伸びる可能性もあります」と説明して、売るようにしているわけです。

 「商売のチャンスを逃すなんて考えられない」という意見もあるかもしれませんが、現場の状況を見れば、それが正しい判断だということがわかるはずです。つまり、マンション業界ではどの会社も年度末までに物件を完成させようとしますから、施工業者などの人手が圧倒的に足りなくなります。にもかかわらず、工期を絶対として、あるいは短縮させようとして、販売会社が動けば、お客さまに不完全なものを提供してしまうことにもなりかねないのです。ですから、現場の実態を把握した上で、現実的な工期を考えるという方針で、地所は動いています。

 また、地所は売買契約の方法も変えました。不動産の売買にあたり、不動産会社は顧客に購入物件についての重要事項を説明することを法律で義務付けられています。
 ただ、過去にマンションを購入したことがある人であればおわかりだと思いますが、ほとんどの人は、そのときに受けた説明の内容を覚えていないはずです。
 実は、ほとんどの不動産会社が、売買契約前に多くの時間があるにもかかわらず、もはや契約解除はほとんどないところにまでいってから、つまり、最終日になってから初めて「重要事項の説明」を行ないます。しかも、その日に集中的にすべての内容を、専門用語を交えて説明するため、顧客の注意力は散漫となり、結局、購入者の記憶にはその説明内容が残らないわけです。

 マンションはお客さまにとって、おそらく生涯でいちばん大きな買い物でしょう。それなのに重要事項がきちんと理解されず、販売されているのです、これはやはり問題です。
 そこで地所では、売買契約を結ぶ3日前までに、契約書をお客さまのもとへ届けるようにしています。「時間のある時に、ゆっくり読んで頂きたい」というわけです。しかも、「専門用語が多くて読みにくいでしょう」ということで、わかりやすい重要事項説明のガイドブックまで作成し、これも一緒に送るようにしています。これは、お客さま志向の具体的な実践だと思います。

 冒頭で、社員が不正に走る会社には、経営者が現場をよく知らないという共通点があると述べました。しかし現場を見れば、利益至上主義の危険性が理解できるはずです。トップが現場を見ることから、不正を防ぐ仕組みづくりは始まるといえるでしょう。
 ただし、現場を本当に理解するには、通り一遍の視察では意味がありません。たまにトップが地方の工場などを見に行くと、全員でお出迎えをして、単なるセレモニーで終わることも多々あります。ありのままの実態をつかむには、ある程度時間をかけて何度も見に行くことが必要でしょう。

形式主義を打破するために

 現在では、コンプライアンスの重要性はほとんどの企業で認識され、社内体制の構築も進んでいます。しかしその一方で、単なる形式主義に陥っている企業も少なくありません。
 形式主義、文書主義とは、裏返せば責任転嫁の仕組みであるとも言えます。「このマニュアルに沿ってやったのだから、その結果、問題が起きてもそれは私の責任ではない」と言えるからです。
 これを打破するには、社員一人ひとりにある程度の責任と権限を持たせることではないでしょうか。
 たとえばお客さまが求めるサービスは、本来、一人ひとり違うはずです。しかしマニュアルからの逸脱をある程度認めないと、画一的なサービスで終わってしまいます。それでは競争の激しい今の時代、お客さまの心をつかむことはできないでしょう。

(構成 長山清子)


高 巖(たか いわお)
麗澤大学経済学研究科教授・企業倫理研究センター長
1956年、大分県生まれ。1985年に早稲田大学商学研究科博士課程修了(商学博士)。91年より米ウォートン・スクールにてフィッシャー・スミス客員研究員を務める。2008年に全米企業倫理コンプライアンス協会より、「国際企業倫理コンプライアンス賞」を受賞。著書に、『「誠実さ」を貫く経営』『マネジメント・テキスト ビジネスエシックス[企業倫理]』(いずれも日本経済新聞出版社