不正を許さないコンプライアンス教育とは<前編>

現場無視の「売上至上主義」が不正を招く

髙巖 麗澤大学大学院 経済研究科教授・企業倫理研究センター長

DVD『不正を許さない職場づくり』第1巻より

 麗澤大学大学院経済研究科の高巖教授によれば、社員が不正に走る会社には、ある共通点があるといいます。それは、経営者が「目先の利益に追われ、長期的な視点を失っていること」「現場をよく知らないこと」だということです。そのため達成不可能に近いような高い売上目標や、極端に短い納期を現場に押し付けてしまい、その結果、追い詰められた現場が不正を起こすというケースが目立つそうです。
 では、どうすればこのような不正を防げるのか。日経DVD『不正を許さない職場づくり』の監修者である高教授に、2回に分けてお話をうかがいました。

なぜ企業の不正が起きるのか

髙巖 麗澤大学大学院 経済研究科教授

 日産自動車のカルロス・ゴーン元会長の逮捕が話題になっていますが、欧米では企業における不正といえば、個人が私腹を肥やすために行う場合がほとんどです。それに対し日本では、会社の構造的な問題から不正が起きるケースが多いといえます。つまり、上から現場に無理が生じる納期や高すぎる売上目標の達成を命じられ、追い詰められた末に不正に手を染めるというわけです。

 不正が行われる背景にはいろいろな原因がありますが、私は大きな原因のひとつに、経営者の考え方が「短期志向」になってきていることがあると思います。
 仮にコーポレートガバナンス・コードには「持続的で中長期的な視点で経営する」とあっても、実際はそのように経営されていないことが多々あります。いまの上場企業は、従来の株の相互持ち合いを解消することで、株主の意向が反映されやすくなっています。ROE(自己資本利益率)が一定の水準を下回ると経営者が解任されるケースもありますし、株式公開企業では四半期決算が義務化されています。これではどう考えても、経営者は短期志向にならざるを得ないでしょう。

 それを受けて、それぞれの事業部が各現場に、「予算を達成しろ」「納期を短縮しろ」と圧力をかける。なぜなら「3月までに予算を達成できなければ、来期でもいいぞ」などという経営者は、まずいないからです。そこで追い詰められた現場は、データ改ざんや工程の省略などの不正に手を染めることで、当面の危機を乗り切ろうとするのです。

 私の監修したDVD『不正を許さない職場づくり』には、現実の事例を反映したケースドラマが収録されています。このドラマでは、営業や上層部から無理な納期を命じられた中間管理職が、部下の開発担当者に向かって「うまくやれ」「なんとかしろ」とだけ言って、部下の「無理です」という言葉を封じてしまいます。その結果、部下の開発担当者は、製品の品質データを改ざんしてしまうのです。
 つまり、このような不正がなぜ起こるのか、もとをただせば、そこには経営者の「短期志向」があるといえるでしょう。

 結局、不正を防止するには、経営者が現場をきちんと見るしかありません。統計をとったわけではありませんが、最近の上場企業の経営幹部の方々には、営業畑や会計や金融出身の人たちが増えているような気がします。
 たとえば食品会社であれば、工場出身の人よりも、とにかく商品を売ってきた人たちが取締役の大半を占める傾向があります。
 つまり現場のことをよく知らないから、不可能な数字の達成を命じてしまうのです。現場をよく見ていれば、「いや、これはとても無理だ」「こんなことを無理強いすれば、かえってリスクが発生するだろう」というように、正しい判断を下せるはずです。

不正を乗り越え、体質改善した例とは

 品質不正が次々と明るみに出た三菱マテリアルや、長年にわたって不正会計を行っていた東芝、最近では建築物の免震構造に使うダンパーを造っているKYBが性能検査記録データを改ざんしていたなど、不正の事例は枚挙に暇がありません。しかし、たとえ不正が過去に行われたとしても、それを機に体質を改善することは可能です。

 特に体質改善に成功したのは、生保や損保などの保険業界でしょう。保険業界では2005年から2006年にかけて、保険金の支払い漏れや不払い問題が明るみに出ました。そのとき保険業界は相当叩かれましたが、少なくともその後、同じような事例は起きていません。

 以前から各保険会社は、「お客さま第一」というスローガンを掲げていました。しかし、あの事件をきっかけに、「自分たちが見ていたのはお客さまではなく、監督官庁や同業他社の動きだけだった」と、頭を殴られるような感覚で気づいたのでしょう。
 その後は、いずれの生保も損保も、本当にスタンスが大きく変わりましたし、たとえば、かつてであれば、支払いに関し明確な判断が下せない場合、会社側有利の判断を下す傾向があったかと思いますが、現在では、ほぼ間違いなく「加入者側有利」で判断するようになっています。

 さらに言えば、社会的責任として、保険金を支払うようにもなっています。典型は、2011年の東日本大震災のときの生命保険会社の対応でした。生保各社は、地震などによる免責条項を適用すれば、災害死亡保険金の支払いを免れることもできたわけですが、これを使わず、すすんでしかも迅速に、死亡保険金や災害入院給付金を支払っています。このような時にこそ、被災者を応援したいとの強い思いで動いたと聞いています。これは「お客さまや現場をしっかりと見て、どのように経営すべきかを考えよう」という経営者の決意の表れだと思います。