「パワハラ」の名付け親が警鐘を鳴らす、部下指導の落とし穴

厚労省による法整備の検討で急がれる企業対応と意識改革

株式会社クオレ・シー・キューブ 代表取締役 岡田康子 執行役員 研修企画担当 稲尾和泉

DVD『ハラスメントのない職場づくり』第1巻より

スポーツ界のパワーハラスメント(以下、パワハラ)問題がマスコミを賑わしている最中、厚生労働省はパワハラ防止のために、企業への義務付け、法整備の検討に動き出しました。相談窓口の設置、発生した場合の再発防止策を企業に求めるとともに、悪質な企業の公表も検討しているといいます。

厚生労働省が発表している2017年度の個別労働紛争解決制度の施行状況によると、もっとも相談が多いのが「いじめ・嫌がらせ」に関するもので、過去の6年間を見ても、この「いじめ・嫌がらせ」、つまりパワハラ関連の相談が1位になっているほど、深刻な状況です。

職場のパワハラの現状と対処法、とりわけ部下指導のあり方について、日経DVD『パワハラにならない部下とのコミュニケーション』全3巻の監修者で、「パワーハラスメント」という言葉の生みの親でもある、株式会社クオレ・シー・キューブの岡田康子代表取締役と、日経文庫『パワーハラスメント』の共著者である稲尾和泉同社執行役員にお話をうかがいました。

パワハラの相談が急増。企業は本気で取り組む必要に迫られている

岡田 パワハラ対策は、大企業では進んでいますが、会社の規模が小さくなるほど、遅れがちです。少人数の会社では、パワハラを受けていても社内では相談しにくい、また問題解決が難しいという実情があるからです。

稲尾 私たちの会社にも「職場のパワハラ対策をどのように進めたらよいか」という相談が多く寄せられています。パワハラ防止を盛り込んだ就業規則の改定や社外相談窓口の設置、ガイドブックなどによる社内告知、管理職教育などの取り組みをする企業が増えています。

岡田 企業におけるパワハラは、労働問題や訴訟に発展したときのリスクだけではなく、職場風土の悪化、生産性の低下、インターネット上での情報拡散によるレピュテーション・リスクもあることがクローズアップされるようになりました。パワハラ対策を取らないことが、企業にとって大きな不利益になる時代になっているのです。

稲尾 かつては、パワハラによってうつ病などの精神障害になったとしても、単に上司と部下の感情的なもつれで、被害を受けた側が精神的に弱いことが原因だとされることが多くありました。

 しかし、2009年に「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」が一部改正されたことから、パワハラを放置して精神障害となった場合、労災と認められるようになりました。会社の責任が認められるケースも増えていて、パワハラ対策に本気で取り組まなければならない状態になっているのです。

実際の職場でどう対応すべきか

稲尾 最近、スポーツ界でも、パワハラについて被害者から声があがるようになってきました。少し前の官公庁幹部によるセクハラ問題でもそうですが、ひどい被害を受けても今までは表面化することは非常に限られていましたが、被害者が「おかしい」と声をあげられるようになり、問題が広く知られるようになっています。
 パワハラが数多く報道され、パワハラを防ぐべきだという一般的な認識や基本的な知識は広まりました。このため現在、研修で求められるのは、実際の職場でどう対応したらよいのかということです。

岡田 上司が部下にどう関わっていくべきかについては、私が監修したDVDでパワハラにならないコミュニケーションとして触れていますが、態度や表情が相手に大きな影響を与えますから、それを知って変えていくことが重要だと思います。
 頭ではわかっていても、表情がきついとか、語調が強いとか、そういう点で自分の特性についての気づきを持たないと、コミュニケーションは改善できません。
 さすがに、大きな声で否定的なことを言うなどのパワハラは減ってきていますが、微妙な表現の仕方が課題となっていますので、映像を使って研修を行うことでビジュアルに理解することができるでしょう。

言うべきことはその場できちんと言う

稲尾 パワハラを行ったとされる人の風貌や態度、表現方法を見ていると、自分が行っていることが、まったくよくわかっていないというケースが目に付きます。
 自分がパワーを持っている立場であることを自覚できていないため、自分がこう言ったら、相手にどう伝わるのかという想像力が働かないのです。もっと上司の自覚を促すような研修をしないと、パワハラの解決は難しいでしょう。

岡田 問題行動のあった部下を叱らなければならない、強く言わないと人は変わらない、という固い信念が残っている人もまだまだ多いですね。最近私は「叱ることで人は育つのか」ということを、問いかけています。

 逆に、部下の問題行動を見ていても、そのときにきちんと言わずに、我慢してしまう傾向があります。結果的に言うべきときに言わないから、イライラがたまって、最終的にドカンと怒ってしまうのです。
 一方、言われたほうは今まで、明確な指示もないのに、突然怒られて何を言われているのかわからない。だから、上司が自分の感情に任せて理由もなく怒っている、という印象を持たれてしまいます。

 基本的にパワハラをする人は、自分の価値観や自分の仕事の仕方にこだわり、それを相手に押し付けている人が多いと思います。部下が自分の仕事の仕方に従っておらず、感情が刺激されていると感じた場合は、ストレートにこうしてほしいと伝えたほうがいいですね。そのためにはまず、「自分は部下のどのやり方が気に入らないのか、それが自分のどの感情に触れているのか」という点に気づくことが大事です。そのうえで、言うべきことをきちんと言いましょう。そうすれば、感情は処理できます。

 このほかにも、質問をしているふりをして、自分の言いたいことを言っているケースが多く見られます。典型的なパワハラは、「なぜ、できなかったのか?」と一見質問をしているようですが、聞かれても答えられないことをしつこく聞く。結局詰問という形で、実は部下を責めているのです。

稲尾 「なぜ、できなかったのか?」と聞くことで、相手に失敗の理由や改善点に気づいてほしいというストーリーが自分の中にあるわけです。しかし、自分の中の正しい指導のストーリーにこだわっていても、部下の受け取り方とはズレたままです。部下は「希望通りの答えを言わないとまた怒られるんでしょう」「どうせ言ってもわかってくれない」という思いで黙っていたりすると、さらに上司の怒りが高まるのも、よくあるパターンです。

 育成する側がすべての正解を持っている気になっているのかもしれませんが、「果たしてそうなのか?」と自制できる思考を持てるかどうかが問われています。

今までのやり方にとらわれずに、上司が部下と共に考える姿勢で

DVD『パワハラにならない部下とのコミュニケーション』第2巻より

岡田 これだけ社会の変化が激しいと、上司が自分の過去の成功体験をもとに、部下に同じやり方を強要してやらせても、うまくいかないのではないでしょうか。叱ること、正解を教えることで部下は育たない時代になっているのではないかと思います。ましてや、部下を頭ごなしに怒って指導する時代ではないのですね。

 間違えないように言われたことだけをする仕事なら、AIに任せればよいのです。人間ならではの仕事をしてもらうためには、強い指示や叱責はあまり役立たないのではないでしょうか。変化が激しい社会の中では、間違えないことはできないし、今までと同じことをしていては、他社に負けてしまいます。自分で考えて失敗しながら新しいことをつくっていく部下を育てなければならないのに、指示待ち人間をつくっては意味がありません。

稲尾 上司の指示待ちの部下だと、スピード感で他社についていけなくなりますね。

岡田 コミュニケーションはただ話せばよいというのではなく、目的に合わせた取り方をすることが重要です。部下に指示をするときは明確に、「こうやってください」と言った方がよいでしょう。

 自分の指示に対して部下が「できない」と困っているときには、正解を何度も教えるのではなく、「なぜできないのか」という理由を一緒に考えてあげることです。上司は正解を知っているかもしれませんが、部下ができないでいる理由は知らないのですから。できない物理的あるいは精神的な何らかの理由を知れば、それを取り除いてあげることができるでしょう。

稲尾 その解を上司が持っているとは限らないでしょう。「どうしたらいいんだろうね」と話し合って調べたりして、一緒に問題を検討し、解決策を探っていかないと、お客様が満足するようなサービスにたどりつけないことも少なくありません。

 上司がこれまでに繰り返し行ってうまくいっていた手法でも、マーケットのニーズが急変し、通用しなくなる場合もあります。今まで好業績を残していた商品や技術が、突然、陳腐化してしまう例は多くあります。成功を積み上げてきた人ほど、過去の自分の成功体験にこだわり、変化を受け入れられません。しかし、きちんと変化を受け入れられる人のほうが、部下に柔軟に対処していけると思います。

岡田 困っている部下に対して、上司はアドバイスしてあげたいものです。それをぐっとおさえてじっと聞いてあげる。上司は「気持ちはわかったけど解決策を出してあげられないな、なさけないな」と思うくらいがちょうどよいと思うのです。何で困っているのかを、上司が十分聞いてあげたら、部下が自ら解決策を考えることでしょう。
 たいていの場合、人は悩んでいることに対して他者から、ああしろ、こうしろと言われてもそれは借り物のであって、ピタッとした答えにはならないのではないでしょうか。叱ったり、指導したり、ましてやパワハラで無理やりやらせたりといったことは有効ではありません。そういう部下の育て方はパワハラの連鎖を生み、企業にとっても大きな損失です。

稲尾 パワハラがある会社は、若い社員が委縮して、成長とは逆の方向に進んでしまいます。社員がビクビクして上司の顔色をうかがいながら仕事をするようでは、十分な仕事ができません。そんな硬直した環境で仕事をしていたら、苦しいだろうなと思います。
 そうではない仕事の進め方、部下の指導を行っていかないといけません。パワハラを放置しているようでは、日本経済の行く末がとても心配になります。

パワハラの境界線を気にすることよりも大切な視点

岡田 パワハラの境界線を気にして質問をしてくる研修担当者や管理者がおられますが、正直パワハラであるかないかなどは判断しにくいものです。あきらかなパワハラは明確な判断の上、しかるべき処分も含めた措置が必要でしょう。しかし、グレーなハラスメントは線引きをすることが目的ではなく、大切なことは、「一人ひとりが尊重され、能力を発揮しやすい職場をつくる」ためにどうしたらよいかを考えることです。
 今は、あいまいで混とんとしていて変化が激しい時代です。そんな環境では皆不安を覚えることでしょう。これまでは、同じ属性で、同じ価値観を持ち、定型的な仕事をしていました。既存の慣習やルールの中で生きることで安心して働けたわけです。

 しかし、これからは、変化する環境の中で自らも変化し、その中で不安を持ちながらも行動できる人材づくりが必要となることでしょう。そのためには、部下が自分自身に自信を持ち、自分で責任を持って行動できる場、自由な職場をつくることが大事になります。そうした場をつくることが、結果的にパワハラの防止にもつながっていくと思います。

(構成 生島典子)

プロフィール
岡田 康子(おかだ やすこ)

1954年生まれ。中央大学卒業、早稲田大学大学院MBA。1988年新事業のコンサルティングを行う株式会社総合コンサルティングオアシスを設立。90年にメンタルヘルスの研修と相談を行う株式会社クオレ・シー・キューブを設立し代表取締役就任。パワーハラスメントという言葉をつくり出し、公的機関や企業への講演研修を数多くこなす一方で、職場のハラスメント防止対策プログラムの開発を行う。2011 年度厚生労働省主催「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」および「同円卓会議ワーキンググループ」メンバー。2017 年度厚労省主催「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員。
著書に『上司殿! それは、パワハラです』(日本経済新聞出版社)、『許すな!パワー・ハラスメント』(飛鳥新社)、『管理職のためのパワーハラスメント論』(共著、実業之日本社)などがある。

稲尾 和泉(いなお いずみ)
1967年東京都生まれ。大学卒業後、地方公務員、電機メーカー勤務等を経て、2003年4月より株式会社クオレ・シー・キューブにてカウンセラーおよび主任講師。産業カウンセラー/キャリア・コンサルタント、精研式SCT(文章完成法テスト)修士、日本産業カウンセリング学会会員。厚労省主催「パワーハラスメント対策企画委員会」委員(2016~2018年度)。
著書に『上司と部下の深いみぞ~パワー・ハラスメント完全理解』(共著、紀伊國屋書店)、『あんなパワハラ こんなパワハラ』(全国労働基準関係団体連合会)がある。

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