人事・労務部門の準備は万端?

法案成立で動き出す『日本型・同一労働同一賃金』

㈱日本総合研究所 理事/主席研究員 山田久

 紆余曲折を経て働き方改革関連法案が国会で成立しました。本年6月1日には、同一労働同一賃金に関する注目事案について最高裁判決が判断を示しています。これらを受け、今秋以降には、労働政策審議会がガイドラインの確定作業を開始し、いよいよ日本でも同一労働同一賃金へと本格的に踏み出すことになります。こうした動きについて、『同一労働同一賃金の衝撃——「働き方改革」のカギを握る新ルール』の著者である山田久・日本総合研究所理事に寄稿いただきました。

本格化する「働き方改革」

 政府が鳴り物入りで取り組んできた「働き方改革」は、いわゆる「モリカケ問題」による国会空転に、裁量労働制を巡るデータ不備に伴う混乱も加わり、関連法案の審議は大幅に遅れてきました。紆余曲折の末、それが漸く今国会で成立しました。これと並行して6月初め、正規社員と非正規社員の待遇格差を巡る2つの事案について、注目の最高裁判決が下されました。これにより、今回改革の柱の一つである「同一労働同一賃金」の導入がいよいよ本格化することになります。

 もっとも、もう一つの柱である「長時間労働の是正」が大きな注目を浴び、企業の対応もすでに進み始めているのに比べ、「同一労働同一賃金」についての対応は遅々として進んでいないようです。その大きな理由の一つに、そもそも同一労働同一賃金が意味することが分かりにくい、という事情があります。もちろん、言葉通りにとれば、同じ仕事についていれば同じ賃金を支払う、ということなのですが、欧米では一般的なこの考え方がわが国ではそのまま成り立たないのです。なぜならば、賃金の決め方が大きく異なるからです。

欧米と日本は何が違うのか?

 欧米では「まず仕事ありき」でポストに人を当てはめる考え方を採ります。加えて、仕事のやり方が企業横断的に共通化されている部分が多く、それぞれのポストにつく賃金も企業横断的に決められる仕組みがあります。それゆえ、仕事が決まれば、女性であれ男性であれ、あるいは、正規であれ非正規であれ、基本的には同じ賃金を当てはめることができるわけです。これに対し、わが国は「まず人ありき」で、会社という共同体の一員となってから役割として仕事が与えられます。賃金も仕事に直結させるのではなく、会社での序列に基づいて支払われます。つまり、仕事と賃金が直接連動していないわけで、そもそも欧米の意味での同一労働同一賃金の成立する余地はないわけです。さらに、正規・非正規間では賃金の決め方が異なるため、そもそも同一賃金というのは定義が難しいという事情があります。

 それゆえ、実は今回の法律改正で導入される同一労働同一賃金は、あくまで「日本型」にアレンジされたものといえます。つまり、欧米のように、正規社員間も含め社会横断的に求められる「合理的な理由のない不利益禁止」ではなく、正規・非正規間の、あくまで各企業内での、「不合理な処遇格差の是正」を目指す「日本型」なのです。法律的には、すでにパートタイム労働法で定義されている、「均等」および「均衡」の考え方をより明確にしたうえで、個々の待遇ごとに当該待遇の性質・目的に照らして適切と認められる事情を考慮して判断されることになります。正社員とどのような待遇差があり、その理由は何か、などについての企業の説明義務が強化されることにもなります。それは短時間労働者のみならず、有期契約労働者、派遣労働者にも横串を指して適用されます。

 より具体的なルールは「ガイドライン(案)(リンク先は厚生労働省ホームページ)の形で示されていますが、今後それは労働政策審議会での議論を経て確定されることになります。その基本的な方向性は、「手当」については従来よりも厳密に公平性が問われる一方、賃金制度の根幹である「基本給」部分については、説明責任が強化されるものの、基本的には日本型である人基準の「能力給」を認めたものといえます。注目された最高裁判決も、基本的にはこうした考え方に沿っています。特に、定年退職者の再雇用者の基本給に関して、現状多くの企業が行っている賃金の切り下げを不合理ではない、として基本的には是認した形です。

重要な労使間のコミュニケーション

 こうしてみれば、同一労働同一賃金の導入は、さほど企業に大きなインパクトを持たないように思えるかもしれません。というよりも、少なくとも当面は余り大きなインパクトを持たないように、様々な配慮がなされているというのが正確なところでしょう。

 その点で重要なのは、労働政策審議会の建議において、許容される待遇差について、「非正規雇用労働者を含めた労使協議経過等を踏まえ、複数の待遇を併せて不合理と認められるか否かを判断すべき場合があると考えられる」とされていることです。企業は万一の訴訟に備えて処遇制度に細工をするのではなく、人手不足が深刻化するなか非正規の戦力化を進めるために、改めて現行制度の合理性・納得性を再確認したうえで、必要に応じて修正をしつつも、しっかりと労使間のコミュニケーションをとることが重要と言えましょう。

 ただし、中長期的には、人口動態や事業環境変化から考えて、欧米の本来の文脈での同一労働同一賃金の導入が求められ、人事処遇システムの包括的な見直しが必要になると思われます。かつて中核労働力であった男性現役世代が急激に減少し、女性やシニアの本格的な活躍が求められるようになることは人口動態の変化をみれば不可避です。そうなれば、就業形態の多様化・個別化が一層進み、あらゆる就業形態間や性別・年齢別など働く人々の属性で公平に処遇することが不可欠になってくるでしょう。そうした短期と長期の両睨みで、企業は人事処遇改革に本腰を入れて取り組んでいく必要があります。端的に言えば、定年制度の見直しと賃金カーブのフラット化の方向で、日本型人事の在り方を修正していくことが求められるでしょう。

■正規・非正規の賃金(年収)カーブの比較

資料:厚生労働省「賃金構造基本調査(平成27年)」
 注:年収=定期給与×12+特別給与
出所:『同一労働同一賃金の衝撃——「働き方改革」のカギを握る新ルール』

拙速な対応は禁物

 ここで留意すべきは「成果主義ブーム」の轍を踏まないことです。日本型人事には利点もあり、関連諸制度と有機的な関係にもあるため、広い視野からの戦略的な見直しが必要です。この点について詳しくは、拙著『同一労働同一賃金の衝撃——「働き方改革」のカギを握る新ルール』をお読みいただきたいと思います。具体的な人事処遇改革のためのヒントとなる考え方や事例を盛り込んだ内容にもなっています。

 いずれにしても働き方改革法案の成立は、そうしたプロセスの始まりを告げる号砲といえるのです。

略歴
(株)日本総合研究所理事/主席研究員
1987年京都大学経済学部卒業、同年住友銀行(現三井住友銀行)入行、91年(社)日本経済研究センター出向、93年(株)日本総合研究所出向、調査部研究員、2003年同経済研究センター所長、05年同マクロ経済研究センター所長、07年同ビジネス戦略研究センター所長、11年同調査部長、13年法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科客員教授、16年より同兼任講師、17年より現職。この間、2003年法政大学大学院修士課程(経済学)修了、15年京都大学博士号取得(経済学)。

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