「対立の世紀」を、日本が生き残るために

『対立の世紀』刊行に寄せて<後編>

BCGシニアアドバイザー/ユーラシア・グループ シニアアドバイザー  御立尚資

 富を独占するエリート層への怒り。ポピュリズム政党の台頭。仕事を奪いかねないテクノロジーへの不安……世界で渦巻く数々の不安と怒り、争いの原因を、グローバルリスク分析の第一人者であるイアン・ブレマー氏が鮮やかに分析する書籍『対立の世紀』を6月15日に発売します。
本書には、ブレマー氏とともに2015年に『ジオエコノミクスの世紀』を上梓した、ボストン コンサルティング グループ前日本代表の御立尚資氏が、日本の読者に向けた解説をご寄稿くださいました。前回「世界に広がる「対立」の構図、その原因は?」につづく後編です。

日本でも対立が顕在化するリスクは高い

 ひるがえって、日本ではどうであろうか。
「俺達」と「あいつら」の間に線を引き、対立を煽りたてる動きが顕在化するのか。不満層の反乱は起こるのか。
 海外の知識層からは、日本の中間層が「怒らない」のは何故か、と頻繁に聞かれる。
「エレファント・カーブ」として知られる世界銀行の分析によれば、1988年から2008年までの20年間に、先進国の富裕層と途上国の(新)中間層が、経済的豊かさを6割以上も伸ばした一方、英・米・日の中間層は、20年間横ばい、ないし、マイナスであったという。
 英米では既に不満層の怒りが爆発し、エリート層から見ると信じがたいような選挙結果が出た、日本でもその日は近いのか、というのだ。

 たしかに、失われた何十年の間、中間層の実質所得は伸びず、非正規雇用が大幅に増える中、子供の7人に1人が貧困、という状況が現出しているのは事実だ。
 一方、ほんの一時期を除いては、自民党が長期にわたって政権を維持し続けている。
 言うまでもなく、懲罰的なほどの所得への累進課税、3代経つと何もなくなると言われる相続税、そして一極集中の東京での税収を地方へ分配する税と公共事業の仕組み。これらの存在が、「貧困」はあっても、「格差」が相対的に少ない国という印象を与えることに寄与したことは間違いない。

 しかし、ここ数年の都市型地方選挙の結果などを見れば、“「政官の既存勢力」という「あいつら」の守ってきた仕組みをぶち壊そう”という流れが、かなりの力を持ち始めていることは否めない。
 日本においては、移民・難民の流入が非常に少なく、また、人手不足でAIやロボティクスによる雇用代替が大きな不安につながらない、という特殊要因が存在してきた。
 これら故に、「対立の構図」の顕在化が遅れただけで、そのリスクは非常に高い、と考えるべきであろうと思う。

 イアン・ブレマーは、『自由市場の終焉──国家資本主義とどう闘うか』(2011年、日本経済新聞出版社)で、中国・ロシアを中心とする国家資本主義の台頭を指摘した。
 さらに、『「Gゼロ」後の世界──主導国なき時代の勝者はだれか』(2012年、日本経済新聞出版社)では、経済的には米中二極体制となる世界で、米中両国とも世界秩序の維持に汗をかかなくなるという「G2」ならぬ「Gゼロ」という不安定な時代の到来を予測した。
 どちらのテーマについても、その後、彼の分析の通りの展開を示しているが、これらは世界のマクロな構造についての分析であった。

 今回の『対立の世紀』では、各国国民の心の中にある「自分たちの生活が向上しない」という心理的不満と、それを巧みに「彼ら、あいつらがその原因だ」と煽り、みずからの権力獲得に利用しようとするポピュリスト政治家の心理戦術、が主題となっている。
 その意味においては、ミクロな心理の動きの集合、がテーマと言ってもよいだろう。
 そして、これらが世界の構造的リスク要因になるというマクロ視点につながっていく。

 マクロ視点で地政学、安全保障について、明確なスタンスを示すためには、今後ますます各国のミクロな状況に目を配る必要がある。
 これは、一見、当たり前のようで、大きな議論の中では、忘れられがちだ。
 本書の中では、イアン・ブレマーはポリティカルアナリストとしての原点に立ち返ったかのようにマクロ・ミクロ両方への目配りを行っている。

* * *

 さて、最後にもう一度、日本にとっての本書の意味に触れておきたい。
 Gゼロの世界、の下での、各国内での対立構造激化。
 このマクロとミクロの両視点に立ちながら、我が国は、国際政治と安全保障環境のおそるべき速さでの変化にどう対処していくのか。
 さらにもう一歩引いた視点で、現在が、工業化の時代の最終盤とデジタル化の時代の幕開け期との並存期であることを前提としつつ、その両者の相互関係をどうマネージしていくのか。たとえば、教育や社会保障の仕組みなど工業化のために最適化された社会システムを、デジタル化時代のための新システムにどうシフトしていくのか。その中で、起こりかねない社会の分断と対立構造をどう乗り越えていくのか。
 これらが、本書が突き付ける日本の読者にとっての大きな問いではないだろうか。

 このイアンの最新作が、日本の進路についての議論を、マクロ・ミクロ両方の観点で、更に豊かなものとする一助となることを強く信じている。

 

御立尚資(みたち・たかし)
ボストン コンサルティング グループ シニアアドバイザー
ユーラシアグループ シニアアドバイザー
ボストン コンサルティング グループ 前日本代表
ダボス会議で知られる世界経済フォーラムの、ジオエコノミー(地経学)カウンシルメンバーをイアン・ブレマー氏ともに務める。
京都大学客員教授、早稲田大学客員教授
著書に『経営思考の「補助線」』『変化の時代、変わる力』ほか多数。ブレマー氏との共著『ジオエコノミクスの世紀』を2015年に刊行した。