世界に広がる「対立」の構図、その原因は?

『対立の世紀』刊行に寄せて<前編>

BCGシニアアドバイザー/ユーラシア・グループ シニアアドバイザー  御立尚資

 富を独占するエリート層への怒り。ポピュリズム政党の台頭。仕事を奪いかねないテクノロジーへの不安……世界で渦巻く数々の不安と怒り、争いの原因を、グローバルリスク分析の第一人者であるイアン・ブレマー氏が鮮やかに分析する書籍『対立の世紀』を6月15日に発売します。
 本書には、ブレマー氏とともに2015年に『ジオエコノミクスの世紀』を上梓した、ボストン コンサルティング グループ前日本代表の御立尚資氏が、日本の読者に向けた解説をご寄稿くださいました。ここでは、2回に分けてその内容をご紹介します。

「工業化の時代」と「デジタル化の時代」の狭間

 我々は、並存の時代を生きている。

 大きく時代のパラダイムが移りかわるとき、古い時代の制度や文化と、新しい時代の制度・文化が、並存している期間がある。これが並存の時代だ。
 たとえば、平安時代の末期。平清盛は保元・平治の乱を通じて権勢を高め、ついに太政大臣の座に上り詰めた。慈円は『愚管抄』の中で、保元の乱(1156年)以降、「ムサノ世ニナリニケル」と記した。「ムサノ世」すなわち「武者の世」である。
 しかし、清盛は既存の制度の多くを温存し、それまでの摂関同様、外戚となることで、貴族社会の中での権力も求めた。この点では「貴族の時代」のパラダイムを踏襲していたことになる。
 1185年(ないし1192年)の源頼朝による鎌倉幕府創設に先だって、清盛が権勢をふるっていた数十年の期間は、「貴族の時代」と「武士の時代」が並存していたのだ。

 いま、我々が生きているのは、「工業化の時代」の最終盤と「デジタル化の時代」の幕開けとが並存する時代環境である。
 産業革命以降、まず欧米日のいわゆる先進国が、工業化社会を作り、それを通じて、多数の中間層が生まれてきた。20世紀の後半に至り、これを追って、いくつもの途上国が工業化と大きな経済成長を果たし始めた。
 21世紀初頭になると、工業化がアジア、アフリカ、中南米などの残された途上国にも拡がろうとする中、デジタル化が急速に進み始めた。AI、ビッグデータ、ロボティクスといった言葉がバズワードとなったことが象徴的に示すように、「デジタルデータとその活用が新しい経済成長をもたらす」可能性が高まる時代に入ったのだ。

 しかし、地政学リスクの分析で知られる畏友イアン・ブレマーが、本書で描くのは、技術進化が経済成長をもたらすというプラスの側面ではない。
『対立の世紀』という題が端的に示すように、工業化とデジタル化の並存がもたらす負の側面と、それが世界を不安定にする時代の潮流がテーマとなっている。

「俺たち 対 あいつら」の構図

 本書の原題は、“US vs THEM“。日本語にすると「われわれ 対 彼ら」あるいは「俺たち 対 あいつら」となろうか。これは、自分の属するグループとそれ以外を峻別し、対立構造を作り上げることを意味している。
 工業化が世界に広がるためには、「資本・知的資産・人が自由に移動できることを活用した新興国への工場展開」、そして、「新興国で生産されたモノが自由に輸出できる貿易システム」が不可欠だった。グローバリゼーションである。
 一方で、先進国の工場労働者の仕事は、途上国へ相当数シフトし、彼らの一部は中間層から脱落していった。
 トランプ大統領の誕生、ブレグジット、そして欧州各国でのポピュリスト政党の躍進。
 どれも、先進国の中間層労働者が、グローバリゼーションとその擁護者である既存政治への不満を高めたことが背景にある。

「自分達は仕事を失い、苦労しているのに、それを取り上げてくれない、何もしてくれない。」
「資本家やエリートだけが、グローバリゼーションの恩恵で豊かになっているのは納得できない。」
「大量にやってくる移民・難民は、自国に残った仕事を奪う上に、自国の言語・文化をなかなか受容せず、社会規範を乱す一方だ。」
 こういう心理をつかみ、資本家、既存エリート層、そして移民・難民を「あいつら」と位置付け、「俺たち」と対立する存在と位置付けたのが、ポピュリスト政治家たちである。

 さらに、新たに登場してきたデジタル化の波は、不安心理を煽り、対立構造を強める働きをする。
 AIやロボティクスは、自分達の仕事をなくしてしまうかも知れない、という不安感をもたらすし、SNSやネットメディアは、その特質上、自分と同じような考えの人だけを結びつけ、見たい・聴きたいニュースだけを選択させる傾向があるからだ。

 イアン・ブレマーは、本書の中で、こういった欧米先進国における「対立」の構造が簡単には解消しないだけでなく、多くの中進国・途上国でも、これから顕在化してくると予測している。

(つづく)

御立尚資(みたち・たかし)
ボストン コンサルティング グループ シニアアドバイザー
ユーラシアグループ シニアアドバイザー
ボストン コンサルティング グループ 前日本代表
ダボス会議で知られる世界経済フォーラムの、ジオエコノミー(地経学)カウンシルメンバーをイアン・ブレマー氏ともに務める。
京都大学客員教授、早稲田大学客員教授
著書に『経営思考の「補助線」』『変化の時代、変わる力』ほか多数。ブレマー氏との共著『ジオエコノミクスの世紀』を2015年に刊行した。